たいき

日記や考えたこと、面白い話を記録したい

柿を剥いてくれない母親

「お母さん、僕にも柿剥いて。」

 実家の庭には大きな柿の木があり、毎年たわわに実をつけた。幼いころ、学校から帰ってくると竹ばさみを使って柿をとって遊んだ。竹ばさみというのは、四メートルほどの竹竿の端をV字に切り込み、そこから二つに割ったものである。柿の木の枝はぽきりと折れる性質があるので、竹ばさみで実のぶら下がった枝ごと折り取ることで、高いところにある柿をとることができる。

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竹ばさみで熟れてそうな柿をとって、籠に入れて家の台所に置いておく。すると夜になると母が柿を剥いてくれるのだ。私が小学校三年になったころぐらいだろうか、母が柿を剥き、父がそれを食べながらテレビを見ていた。一切れ剥けると、すぐに父が食べてしまう。しかも、私には弟が二人いたので自分にはなかなか柿が回ってこなかった。

「お母さん、僕にも柿剥いて。」

いたたまれなくなってそうお願いした。すると母は

「あんたももう大きくなったんやから、自分で剥きなさい。」

というようなことを言った。父、母、弟二人と私の五人家族だったので私だけ剥いてもらえない状況になったという事だ。長男である私ははたまにこのような扱いを受けることがあった。渋々、自分で柿を剥いて食べた。包丁にはあまり慣れていなかった。皮をむいた表面はいびつで、真ん中の少し苦いヘタの部分もとれていなかったので母の剥いた柿が一層おいしそうに見えた。

「お母さん、一個僕のと交換しよ。」

折角剥いたので母に食べてもらいたかったのだ。母はそれを食べて、私に綺麗に剥かれた柿を一切れくれた。こっちのほうが随分おいしい。

「やっぱりお母さんのがいい。」

そう思うのは当然であったと思う。

「自分で剥くのができひんのやったらな、自分で剥いてくれる人を探すんやで。」

そう母は答えた。父がにやりとした。僕が取ってきた柿なのに、とも思ったが、妙に納得してしまった。

 昔から、柿の収穫は夫婦で行うものだと、近くに住むご老人に聞いた。夫が柿をとり、嫁がそれを剥いて二人で食べるのだそうだ。その時私は十歳に満たない年だったが素敵だな、と思った。

 それから少し時間が経った。包丁の使い方も随分上達したし。男ながらに料理は母親に負けない。当然自分で綺麗に切って、剥いて、食べることができる。

 

拝啓 母上、自分で包丁を扱えないままでいたほうが、柿を剥いてくれる人が見つかったのかもしれません。

カッコつけた話

最近といってもちょっと前、駐輪場で小銭がなかったのだろう女性が、「1000円札5枚持ってらっしゃいませんか」と。精算機は1000円以下しか飲み込まない。150円必要なのに小銭は100円一枚しかないらしい。残念ながら財布には両替できる紙幣がなかった。

 

彼女の顔は仕事疲れからか鬱屈とした表情で、コンビニに寄って小銭を調達する事さえ面倒になる程、早く帰りたいという気持ちを感じさせた。疲れた人を見ると少し、カッコつけたくなって
「じゃあこの50円、差し上げます」
「え、それは申し訳ないです」
「大丈夫ですよ。別に、50円ですから。」

 

彼女は驚きつつも受け取ってくれた。さっきより明るい表情で感謝を言って自転車に乗り、帰っていった。凄くハッピーな気持ちだ。良いことをした。
俺も自転車を出して帰ろう。駐輪料金分の小銭が財布になかったので、精算機に紙幣を飲み込ませた。お釣りは850円。まあ、カッコつけるとはこういう事だ。

弓道学科試験

弓道審査 学科試験

 


 あなたが弓道を始めたきっかけ、および弓道を通じて学びたいことを述べよ。

 


 私が大学の入学式を終え、会場大講堂から勇み足ででると、そこでは部活動やサークルのの勧誘が行われていた。二メートルを超える長大な弓を抱えた部員が多くの新入生に声をかけていた。元々武道経験があり、また、その時新しいことへの意欲に満ち溢れていたので見学に行く事にした。道場に着くと、一人の女性---先輩が見本として射を披露していた。弓を射るその瞬間だけでなく、立ち方振る舞い方、話し方、全てが美しかった。

「なあ、俺、弓道部、、、入るわ。」

入学式で隣の席だった友達歴1日目の田西に、先輩を見つめながら呟いた。正直、先輩が可愛かっただけである。連盟の先生方には申し訳ないが始める理由なんでそんなもんである。ちなみに、田西はあだ名もタニシで名前に負けない色黒天然パーマの男であった。

 それから私は正規練習や自主稽古に精を出し、自分で言うのも憚られるが、かなり上達した。試合では一年生にして大前を任され、経験者にも負けない的中率だった。当時の男子部長が礼法に拘りがあり、所作や礼法も身につけた。部長は弓道を何年やっていたのだろうか。規則正しい生活に完成された人間性。学ぶことが多いと感じていた。美しい所作をみてはそれを練習して真似た。

 その年の夏終わりに、衝撃的な事を知った。弓道部の規則に「部内恋愛禁止」と書かれているのだ。しかし、衝撃的なことはこれではない。部長と憧れの先輩が恋仲にあるらしいのだ。弓道の上達が先輩へ近づく道だと考えて稽古に没頭していた私は、部長と先輩の恋愛関係にあるなんて全く気付かなかったのである。

 私は失恋も相まって、先輩や部長、そして弓道が示す精神性に疑いを持った。

「部の規則破ってんじゃん。」

タニシは私を擁護してくれた。しかし、もうあの時弓道に見出した美しい世界には興味がなくなってしまった。なあ、弓道、学びたいよ。先輩の心を射貫く方法を。